Friday, October 29, 2010

政治を肴に酒を飲もう

あと二回、留学というテーマで書こうと思う。

システムについて、私の実体験から、対照的な例を紹介したい。。

私の職場である州立農業試験場は、教授・スタッフ・学生をあわせて三百人の規模の研究所である。アジア人はというと(アジア系アメリカ人を除く)、教授1人(中国人)、シニアリサーチャー2人(中国人と韓国人)、ポスドク7人(中国人)、学生4人(中国人3人と韓国人1人と私)、常時5人程度のvisiting scholars(ほぼ全て中国人)。それから、技官に2人いるが、それぞれシニアリサーチャーの韓国人と私の配偶者である。中国は日本の10倍の人口がいるのだから当たり前だと言う、世間知らずな日本人学生は未だに多い。今年8月に、中国のGDP(国内総生産)が日本を抜いて、世界第二位の経済大国になったことは大きなニュースになった。しかし、GNI(国民総所得)は、日本の$37,870(2009)に対し、$3590と十分の一にも満たない(The World Bank 2009年のデータより)。その中国人が、GNI$47,240のアメリカに来るということがどんなに大変なことだろう。ほぼどんな国に行くにも、観光ビザを免除され、パスポートと航空券片手に行ける日本人には、なかなか想像がつかないかもしれない。この所得格差を乗り越えて、中国人の科学者たちが多数アメリカに来れる理由とはなんだろう。それは、中国政府のサポートによるものだ。

九月に、一年の滞在を終えて帰国した、私の所属する研究室にいた中国人学生との会話に愕然とした。過去2年ほど、それまでに増して、中国からの学生や科学者をみかけることが、この試験場でも、それからメインの大学のキャンパスでも増えていた。ふと、彼にその理由を質問した。

「最近、中国人の学生、とくにvisitingで来ている学生が増えているよね。何か制度でもあるの?」

「中国政府のファンディングサポートによるものだよ。農学系の学生だけで、年間5000人を主に米国・ヨーロッパに派遣している。」

「5,000人?!」

彼の英語があまり上手ではなかったので、思わず聞き返してしまったが、他の学生に聞いても5000人という。

少し古いデータだが、日本の大学院生数が24万人(文部科学省まとめ 2004年度)で、その内、農学系が全体のおよそ5%、約12,000人だ。つまり、農学を学んでいる大学院生の約半数をアメリカやヨーロッパの一流大学に送るだけの投資を中国はしている訳である。学費の安い日本と違って、アメリカの大学は寮費を含めて年間$50,000かかる場所も珍しくはない。単純計算で、$250,000,000(250億円、100円/1$換算)の予算を組んでいると言っても良い。

つまり、それだけ、これからあの大国を支えていくのには、優秀な人材を育てるということが最重要課題だということを国が認識し、そのための投資を惜しんでいないのである。この250億円の投資は、何兆円、何十兆円の価値を持って、派遣された学生により還元されていくであろう。大中小様々な公的留学制度をつぶし、仕分けという名の下、日本の学術の足を引っ張ろうとする日本とは大違いだ。自らを成熟した国だと思っているのだろうか?「留学したければご勝手に。ただ、自分で全部やってくださいね。教育なら日本にもあるんだから。」と言わんばかりの国である。政治家たちは、小学生の喧嘩の様な国会答弁をやる前に、アメリカのPresidential debateでも見て少しは勉強をするべきだ(この前のニューヨーク州知事選の候補者のディベートは大したコメディだったが)。

そんな日本の仕分けに引っかからない、僕がとある所で経験した不思議な制度を紹介しよう

とある省から、毎年一人のお役人様が派遣されてくる。留学意欲の全く無い人々で埋め尽くされたそのオフィスから派遣されてくる人は、まるで貧乏くじを引いた様な顔で来て、一年を過ごす。研究という名目で来ているが、英語は全くダメで、論文として研究を発表する義務など無い。中には実験をする人もいたようだが、基本的には一年間遊びにくるのである。そのプログラムにはいると、現地の生活費としてお金が支給される。いくら支給されるか予想していただきたい。

1200万円

である。これに、日本での基本給も支給され続ける。派遣先にある寮に月々$250で滞在できるので、人生最大のボーナスを頂くことになる。無論これは日本国民の税金から支払われている。このお金を有効活用できれば、留学意欲に満ちているが金銭的理由であきらめる、何人の優秀な日本人学生をアメリカに留学させることができるだろう。

パデュー大学で出会ったスウェーデン人の友人を訪ねストックホルムに行ったのは、2004年の春だった。ヨーロッパ自体が初めてだった私は、どんな毎日になるか想像がつかなかった。酒を飲んで、遊んでの毎日だったと言っても、大差ないのだが、飲んでいる間の話のネタが、政治・経済・社会保障である。「スウェーデンはこうだが、日本はどうだ?」「今、スウェーデンでこういう法案が議論されているが、マサはどう思う?」こんな会話が延々と続く、ヘビーな飲み会だった。幸い、私はそういう話が好きだったので、大いに楽しんだが、やはり衝撃だった。こういう意識の差が、世界有数の福祉国家を作っているんだと、思い知らされた気がした。

日本の学生に、政治なんて、どうでも良いなんて、思ってほしくない。日本の政治が退屈だったら外に出れば良い。「世界の政治を見に行く」そんな素敵な留学の動機も良いと思う。

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